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コミュニケーションとしてのしつけ
犬が一度で座らない時、ほとんどの飼い主が犬の顔を覗き込み、何度も「スワレ」を連呼します。なぜ何度も言わなければ言うことを聞かないかというと、飼い主に「意識」が向いていないからです。
なので、いくら声を荒げて「スワレ!!」と言ってもなかなか聞きません。家庭犬のしつけは、一方的に命令して言うことをきかせることではありません。
大切なことは、どんな状況でもどんな場所でも飼い主が愛犬の名前を呼んだ時、犬が飼い主の顔を見上げ、犬の方からコミュニケーションを取ってくることです。 そのコミュニケーションの原則とは、
①犬の名前を呼ぶ
②犬が「なあに?」と飼い主を見上げる ③して欲しいことを指示する
これがコミュニケーションの原則です。しかし、多くの飼い主の方が、犬が一度で言う事を聞かない場
合、犬の顔を覗き込んで指示を与えようとします。飼い主が犬の顔を覗き込む習慣がつくと、犬は見上げる必要がないのですから、おやつがない限り、一生飼い主を見上げる習慣はつきません。
もうひとつのミステイクは、飼い主が犬の名前と指示をセットにしている場合です。「太郎スワレ」、「次
郎スワレ」という具合に、犬の名前の後にすぐ指示を出すと、犬に「なあに?」と反応する暇を与えないので、これも、犬は飼い主の顔を見上げるようにはなりません。
こうして、飼い主は知らず知らずのうちに、犬が飼い主を見上げなくてもいい習慣をつけているのです。人間も相手の名前を呼んで、相手がこちらを見てくれなかったら、コミュニケーションは永遠に始まりません。
それと同じで、愛犬の名前を呼んで犬が振り向いてくれなかったら、関係としては終っています。そして、犬が見てくれないからと、犬の顔の前に自分の顔を突き付けて座らせても、それは犬の「意思」ではなく「強要」でしかありません。
どうでしょうか皆さん? 愛犬とコミュニケーションが取れていますか?
写真上:ソルくん 中:コロくん 下:ドンくん
しつけと訓練の違い①
とくに指示をして伏せさせている訳ではなく、みんな僕がパソコンをしている足元で勝手に伏せて、終わるまで待ってくれている様子です。
僕は常々「しつけ」と「訓練」は違うと唱えています。訓練とは「ある能力や特殊な技術を習得するために練習すること」で、要は「犬に何かをさせること」が訓練の基本になります。
警察犬は臭いを「追跡」したり、災害救助犬は「人」を探したり、麻薬探知犬であれば、「麻薬」を探したりして、日々それ
ぞれの訓練に励んでいる訳です。
もっとも当の犬たちには、仕事をしている意識はなく、
どんなに優れた能力を発揮する犬であっても、仕事場で好き勝手な行動をしていたのでは、到底作業犬としての仕事は務まりません。
ですので、さまざまな訓練の前に、この「服従訓練」を行い、徹底的に主従関係を築いていきます。現在の家庭犬のしつけは、この服従訓練が基盤となっているのですが、服従訓練というのは、あくまでも「指示された命令のみに従うこと」を「条件反射的」に覚えさせるものであり、家庭の中で人間と共に暮らすための「調和の取れた生活」を教えるものではありません。
僕の考える理想のしつけは、いちいち指示して従わせるので はなく、常に犬の方からコミュニケーショ ンを取ってくれ、上の写真のように、犬が自分の意志で人間の生活に合わせてくれること。そんな犬をこれからも育てていきたいと思います。
写真上:ちまちゃん・5ヶ月、2段目:エルザちゃん・6ヶ月、3段目:ポアロちゃん7ヶ月、4段目:コロンくん5ヶ月
杏と大治郎
わが家に5匹いる猫の一番下の杏(3才)です。杏はとても気が強く、幸太郎(茶トラ・6才)をよくいじめています。
先日いつものように杏が幸太郎をいじめていると、その様子をじっと見ていた大治郎が、杏の首根っこを噛んで杏を諌めたのです。
大治郎は新入りの杏が、わが物顔で群れの秩序を乱す事を許さなかったのでしょう。杏はびっくりしてその場から逃げていきましたが、傷ひとつ負っていませんでした。
そんな事があってもふたりはとても仲良しです。
う~ん、大ちゃんはえらいねー。
●幸太郎と杏
リーダーシップとは?
・犬を飼い主より先に歩かせない
・玄関を出る時は飼い主が先
・食事は飼い主が先に食べて犬は後
・犬と一緒に寝ない
などと書かれていますが、これらの事項は、「主従関係」を築くことを前提に書かれています。そして、これらのルールをいくら守ったからと言って、あなたが犬のリーダーになれる訳ではありません。なぜなら、あなたがリーダーにふさわしいかどうかは犬が決めることだからです。
リーダーには犬側から見たリーダー像と、人間側から見たリーダー像の2つがあります。「犬側」から見た理想のリーダーは、きちんとコミュニケーションがとれる人だと思います。
犬は、不安になったり、パニックになったり、興奮したりした時に自分をコントロールできなくなります。そんな時に、飼い主がきちんとコミュニケーションをとり、愛犬を落ち着かせることが出来てこそ、しつけの意味があるのだと思います。
そして、そんな苦手なシチュエーションの時に、何をすべきかをきちんと指示してくれ、コミュニケーションが取れる飼い主を、犬は信頼するのではないでしょうか?上司と部下も、先生と生徒も、親と子も、そして、夫婦もコミュニケーションが取れてこそ、そこに尊敬や信頼が生まれるのではないでしょうか。
「人間側」から見たリーダーにふさわしい人とは、『全責任を負える人』だと思います。全責任とは、「散歩」 「身体のケア」 「健康管理」 「知識」 「しつけ」 「生活環境」など、すべてのことに対してです。
大事なことは、『犬に厳しくするのではなく、自分に厳しくなること』だと思います。愛犬に理想や完璧を求めるなら、自分がそうであるかどうかを自問して下さい。もし、完璧な飼い主にはなれそうにないと思ったら、犬にも完璧を求めないだけの話です。
■あなたは愛犬から信頼されるリーダーだと思いますか? □思う □思わない □わからない
という質問が、問題行動カウンセリングの質問項目にあるのですが、僕の答えは、☑わからない にチェックがつきます。こればっかりは、大治郎に聞いても困った顔をするだけで、答えてくれないのでわかりません。
犬と暮らすこと
さらに、飼い主の価値観と道徳観はそのまま犬に反映します。犬の行動の発達と性格の形成は、飼い主の性格と与える環境で大きく変わるのです。
今、巷に存在する「しつけ」の方法をどんなに実践しても、そこに、しつけの意味と目的を見出せなければ、上手く行くことはありません。また、おやつを使うだけのインスタントなしつけをしても、犬と心がつながることはないでしょう。
親と子、先生と生徒、上司と部下、飼い主と犬、これらの関係はみんな尊敬で成り立ちます。
以前、散歩の時に見かけた光景があります。ホームレスの方が自転車の荷台に目一杯の空き缶を積んで歩いていました。その横を一頭の犬がぴったりと側について歩いています。その犬は、好き勝手に匂いを嗅ぐことも、引っ張ることもありませんでした。
このホームレスの方は、しつけの本を読んで勉強したこともないだろうし、犬を訓練なんてしたこともないと思います。でもお互いが助け合うように、寄り添っていた姿に、犬と暮らす本質を教えられた気がします。
子供のしつけに近道なんてないように、犬のしつけにも近道はありません。何千年もの間、イヌはヒトと暮らしてきました。ワニとその歯の掃除をする小鳥みたいに。そうしてお互い助け合い、相手を尊重することで、ヒトとイヌはと共に暮らしてきたのです。
断尾は必要?
今朝、いつも散歩に行く臨海公園で会ったコーギーです。本来であれば、こんな立派な尻尾がついています。
動物愛護精神の強い欧米では、ここ10数年の間に断尾・断耳を禁止する法律が北欧を中心に広がり、現在では多くの国々がこの法律を採用しています。
日本にも「動物の愛護及び管理に関する法律」、いわゆる「動管法」というものがあり、この中に基本原則として、
「第二条 動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない」と書かれてあります。
この文面を見る限り、断耳や断尾などの行為は、十分この法律に反するものではないかと思います。いつの日か日本でも断耳や断尾がはっきりと法律で禁止されることを願わずにはいられません。<<前のページへ|1|2|3


